チェコ音楽の魅力
内藤久子 ユーラシア選書 東洋書店 2007年1月20日
名前に魅かれて読んでみた。スメタナとドボルジャークとヤナーチェクに関して分析をし、それらの中からチェコの音楽とはなになのか、を探っている。スメタナにしろ、ドボルジャークにしろ、特にヤナーチェクについてこうした形でその生涯や音楽について書かれた本を読むのははじめて。著者は鳥取大学教授。学術的なきちんとした本だからだろうか、私には大変に読みにくかった。一つの文章が平均的に3行以上もあると私の頭には言葉があふれる。ましてその言葉が、普段自分が使わない類の言葉だと益々である。言葉は難しい。大分苦労した。
しかし内容は魅力的である。そして思ったこと。不滅の命をあたえられた本当の芸術作品にチェコ特有のものというのは本来ありえるのか、という疑問であった。それを創った人特有の事はあろうが、なぜチェコ特有なのか。なぜチェコ特有の音楽でなければならないのか。社会がそうしたものを求めた時代というのがあったのだが、それは一つの過渡的な現象ではなかったか。
次にヤナーチェクという人は自分の音楽に関して、論文を書いたりしているようだし、論理的な方法論から音楽を造ったように書いてある。理論先行だとどうしても音楽は難解になる。
音楽には聞く楽しみ、演奏する楽しみ、作る楽しみがある。人は自ら作り、演奏し、聞いて楽しみたいものである。若い人がギターを片手に自作の歌を歌う、そして仲間の歌を聞くというのはこうしたことである。高度な芸術的な音楽を作曲することは、一般人には不可能。しかしせめて自ら演奏して楽しむことはあるべきだろう。もともと弦楽四重奏曲などは専門家ではない人たちが演奏するから楽譜が売れたのである。作曲家もそのために作曲した。しかし現代の芸術的な音楽は、特に理論的な根拠をもとに書かれたような曲は、こうして非専門家が演奏して楽しむことを拒んでいるのではないか。一体だれが演奏するのか?誰が聞くのか?演奏されない音楽は存在しないも同じではないのか?
何かそんな芸術議論を考えさせる本だった。
(2012年4月26日)
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